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ホンダのF1復帰は“第4期"ではない、まっさらの“新・第1期"だ!
2013.05.22

 東京オリンピック開催に世間が大騒ぎしていた1964年、ホンダは初めての4輪車=F1マシン開発に日夜没頭していた。ロータスにエンジン供給して打って出るプランが急きょ反故にされて頓挫。それなら「こっちでシャシーをつくりチームもつくって、やってやろーじゃねーか」と親父さん(本田宗一郎氏)が、ヨーロッパ・レース界に挑戦を決意したのがそもそものスタートだ。

 第1期64~68年に2勝。第2期83~92年に69勝、第3期00~08年の1勝は添え物みたいなものだった。勝ちは勝ちでも、勝つべくして挙げた“71勝"と幸運なアレは重みが違った。それでもバトンが一つでも勝たねばグランプリ・ブランドたるHONDAの威光は地に堕ちるところだった。ハンガロリンクのパドック全体に「ああよかったね……」といった空気が流れたことを覚えている。

 このコラムで言わせてもらうと、今回の2015年マクラーレン・ホンダとしての復帰声明は、“第4期"活動再開というよりも、僕はまっさらの“新・第1期"とうけとめる。キャンペーン戦略なのだろうが88年マクラーレンMP4/4・ホンダ16戦15勝が頻繁に使われ、この組み合わせならばすぐにでも過去の栄光が甦るとマスメディアによって喧伝されているが、25年前のスイートメモリーに浸っている場合ではない。あと700日しか時間猶予はないのだ。誰がやるのかまだ一言も明らかにされていない15年F1プロジェクトリーダーだが、それこそ彼は大本営発表を受けた軍人山本五十六の心境ではなかろうか。700日後の開戦に周到に備えていかねばならない──。

 復帰が明らかにされたからには、モナコGPからでも今すぐ現場にホンダ・スタッフは駆けつけ、マクラーレンとともに最新現場情況を見、BAR時代から後の空白の5年を早急に取り戻す必要がある。頭を垂れ、足を棒にし、謙虚に学ぶところからの出発だ。

 マクラーレンの中に居て学び、栃木に閉じこもり“外人先生"家庭教師とともに勉強する時期はもう終わりだ。表に姿を見せ、今の高度に発達した2400ccエンジンのラストイヤーを自分たちで学び、この現状を踏まえ新たな挑戦に取り組んでいかねばならない。第2期よりもはるかに厳しく、第3期とは比べるまでもなく、第1期のゼロからと同じかそれ以下のマイナスからの挑戦になると思うからだ。

 聞くところによればこれまでのベテランF1エンジニアはほとんどタッチせず(多くが定年退職か他の部署に移動)、あえて継続性などは断ち切っての参戦のようである。その志は潔い。次のジェネレーションにまっさらのチャレンジング・スピリットがしっかりと受け継がれていれば、HONDAはきっと我々の期待を裏切りはしない。

 繰り返すがマイナスからスタートの“新・第1期"は、2015年の開幕戦まであと700日しかない。この段階で試作パワーユニットは700馬力を超えたのか。記者会見にはパリに居て駆けつけられなかったが、その一点のみを質問したかった。懸命に開発努力中のスタッフの皆さんには大変失礼かもしれないが、全世界HONDAファンの夢に応えるべく開戦までの日々をぜひ踏ん張っていただきたい。エールを贈る──。

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