Race Eye
鈴鹿で“来季の仲間(?)"と登場した可夢偉に、実力本位で臨む覚悟を見た
2012.10.22

 日本GP決勝前夜に小林君と固く握手を交わした。母国での予選ベスト3位(04年佐藤琢磨の4位更新)を祝うとともに、決勝では最後まで頑張り抜いて…という気持ちを込めて。

 とっぷり日が暮れた鈴鹿サーキット、グランドスタンドには1万2000人がびっしり座り、前夜祭イベントを待っていた。予定では彼が先の出番、僕がトリをつとめることになっていた。毎年この順番なので小心者の自分は彼が出た後に、皆さんゾロゾロ帰ってしまうのではと心配してきた(おかげさまでそんなことはなかったが)。
「可夢偉選手が遅れるようなのでイマミヤさんが先でもよろしいですか」、スタッフに急に言われた。前座のほうが気分は楽。予選中の“イエローフラッグの件"もあり(審査委員会に呼ばれていた)、チーム・ミーティングも長引いているのだろう。僕のほうはOK── 。
 1万人以上を前に喋ることは最近めったにない。自主開催のクロストーク・イベントは毎回200人前後なのでその50倍(!)。タレントでもミュージシャンでもない自分は正直、仮設舞台に立つとちょっと震えた。スタンド下から暗い客席を見上げながら何度も頭をたれ、マイクをぎゅっと握りなおす。気を落ち着けてトークイベント・モードに切り替えるための、自分なりの“儀式"だ。

 ウケ狙いの盛り上げトークは得意じゃない。でも後で鈴鹿の方に言われた。「グロジャンの“ミサイル攻撃"の話は、スタンドが揺れるほどウケてましたよ(笑)」。この前夜祭イベントは一部CS・TV中継されると聞いていたのだが、まさか延々僕のこのコーナーが流されるとは知らなかった。そちらでも反響があったとか…。

 司会者の求めで予想を聞かれ「優勝候補はベッテル」と申し上げた。小林については率直に「ベッテルに離されない順位(表彰台)を」と答えた。舞台横に本人が到着しているのを見ながら勝手にこう言うのは“失礼"だが、1万2000人を前に無責任なことは言えない。ザウバーで最速レッドブルに勝つのは、このスポーツの原理として、奇跡がいくつも重ならない限り無理。夢と現実の間には厳しい<バトルライン>が横たわる──。
そして退場。入れ替わりに万雷の拍手とともにトリの小林君登場。その途中に舞台横で握手しながら耳元でささやいた。「前座はやっておいたから後はよろしく」、すっきりした表情がかえってきた。
後ろにザウバーのテストドライバー、E・グティエレスを従えていた彼、これは全く聞いていないこと。なぜこの新人君をここに連れてきたのか。あまりメディアには取り上げられなかったようだが小林君は“来季の仲間"として紹介しておきたかったのか。エースの振る舞いはファンへのスペシャルメッセージ、この<二人組>で来季を戦いたい…、という心構えと感じとれた。

 日本GPラスト5周攻防、4位バトン相手にラインやブレーキングポイントを細かく変えながら小林は鉄壁の走りを見せた。ラップタイムがバトンよりわずかに劣ったのは“絶対防御走法"に徹すれば、ミスをしない限り抜かれるポイントはないと察知したからだろう。とてもクールだ。小さなバックミラーを有効に使い、コーナーごとにバトンの位置や速度変化を読み、追われる者の焦りなどは一切なかった。09年トヨタ・デビュー戦で初めてやりあったバトンだけにある意味やりやすかったかもしれない。もし相手がライコネン、あるいはアロンソであったら駆け引きの面で翻弄され、窮地に陥る場面もありえただろう。日本GPラスト5周勝負で可夢偉はチャンピオンが相手だろうが“勝てる"実感を強く抱いた。またそれをザウバー首脳陣も(P・ザウバー氏は今年も来日しなかったが)共有できたと思う。

 さてカムイ・コバヤシの契約についてだがいまだに発表がない(10月19日時点)。しかしこれは当然だと受けとめる。周囲はいろいろ報じて騒いでいるがこのチームは今、ドライバー編成だけでなく将来に向けた基盤体制を正式に明らかにできる状況にない。構築中だ。
以前からこのチームは“ビッグスポンサー"を自らのマーケティングパワーによって獲得したことがなかった。中堅の存在から脱皮できなかったのはそのチーム体質によるといってもいいだろう。現在のメキシコ大資本マネーはペレスがらみでセットで付属してきたものだ。支援者のC・スリム氏は中米どころか世界有数の大富豪であり、このスポーツを強力にサポートしている(近い将来メキシコGP復活も模索)。その“F1愛情度"はアロンソに傾倒するスペインのサンタンデル銀行にも等しい。ペレスがいなくなるザウバーにとってこのメキシコ大資本が来季以降、どういう形で継続してくれるのか、満額のままかそれとも半額カットか大幅減額か(?)。それが定まらないことには来季どころか今後のレースビジネス方針が固められない。

 ペーター・ザウバー氏が10月11日に代表から引退された後、かじ取りを託された代表モニシャ・カルテンボーン氏は10年以上前に“法律部門"担当者として加わり、11年から三分の一の株式を取得してCEOに赴任。今彼女はドライバー決定事項もさることながら、まずチーム基盤確立を最優先しなければならない情勢にある。
彼女が全面的に小林を信頼し、また有松マネージャーといつもコースを一緒に歩きながら現場を学んできたのは知る人ぞ知る(代表職の偉いサンでコース下見をする人物など聞いたことがない)。上から順に13年ドライバー体制が決まっていくこの世界、現在ランク6位で白紙状態のザウバーに何人も“行列"して群がっているのは当然だ。ヒュルケンベルグがその先頭にいる有力候補と報じられているが契約交渉は、両者が分厚い契約書に署名した時点で成立する。それまでリークされた情報や憶測、噂の類は興味本位のニュースととらえておくべきだろう。

 韓国GP現場で小林は数少ない日本の取材者に、「チーム(モニシャさん)からお金を持ってこいと直接言われてはいない」とはっきりと述べた。彼が一般論として海外メディアに語った内容(それが翻訳されて国内ニュースになっている)は、いくつもの“フィルター"がかかったもので、どこかに<コバヤシ下ろし>のようなトーンを感じる。人種差別ではないと思いたいが。

 これほど彼がF1界で認知されているのに、ジャパン・ムーブメントが無いのは以前ペーターさんから「どうしてなのか?」と詰問されたことがある。タクマ・サトウもトラ・タカギも、ウキョウ・カタヤマも持ってきたではないかと。現在の国際経済動向が沈滞気味なのは日本に限らずどの国もそう、それでもアロンソのスペインも、B・セナのブラジルだって自国ドライバーをサポートしているではないか…。
おっしゃる通りである。ただ言えるのは経済動向はさておいて小林可夢偉が日本で認知されていないのではなく、F1スポーツそのものが現在はサッカー、メジャーリーグ、ゴルフ、もしかするとカーリングよりも正統に認知されていないと言えるのではないか。孤軍奮闘している小林を見るにつけ、僕らがもっとこのスポーツを日本国内で親しまれるモノにしていかなければならないと考えさせられる。

──中嶋悟がF1に行ってから25年。いい時も悪い時もあったけれども今の可夢偉は、周囲環境が最悪のときに最高のパフォーマンスを振り絞ってやっとここまできた。今年最終戦ブラジルGPで“60戦"、それまでにチーム・ランクでメルセデスを抜き5位に上がれば、コンコルド協定分配金はほぼ10億円に近い。それにはペレスにもうひと踏ん張りしてもらわないといけないのだが、彼は鈴鹿からもう気分はマクラーレン・スターで自分のレースをしている。やるしかない可夢偉、走る前に金を持ち込むのではなく、走った後に金が持ち込まれればそれでいいのだ。

 ただ万一に備えて小林側はいくつかのチームと準備交渉はしておくべきで、表には出さずともすでに着々と動いていると僕は想像している。相手とのその交渉でなにより効果的なのはインパクトあるレース内容とリザルトだ。

 「ま、見ていてください」。やれるだけのことをやってそれでもだめなら覚悟はできている、そう言わんばかりの表情を見せた小林君。日本GP3位表彰台はベストレース、韓国GP序盤リタイアはワーストレース。天国と地獄を七日間で知った彼は、残る4戦に向けさらなる強さを備えた。

実力本位のF1で生きる道は一本道。

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