Race Eye
“閉幕4戦4人勝者"で締めくくられたシーズン、ベッテルがV3達成!
2012.12.10

 11月が「決戦の月」になり、そして最終決戦はインテルラゴス・ブラジルGPになるだろうと思い、日本を出たのは10月30日。長ーい今年最後の取材の旅だった。帰国したのは11月30日、家の郵便ポストには放り込まれたチラシがあふれていた。

 書き込み更新が滞り申し訳ありませんでした。今はもう師走で、第63代ワールドチャンピオンはベッテルに決定しましたが、<決戦の回想録>を事後報告します。

 トリプルAというかX3を25歳にして達成した彼は、J・ブラバム(59−60−66年)、J・スチュワート(69−71−73年)、N・ラウダ(75−77−84年)、N・ピケ(81−83−87年)、A・セナ(88−90−91年)ら5人と並ぶ“3冠王"に名を連ねることになった。セナ以来20余年ぶりになるこの偉業を、リアルタイムで今の彼を見ている方々にも、あらためて感じていただけると思う。
「いいマシンに乗っていたから」という見方があるのを否定はしない。でも先の5人ともやはりそうだったように、いいマシンを得た、いいドライバーが、いいシーズンを走り抜ける、これがこのスポーツの定めでもある。裏返せばいいドライバーも、いいマシンを得られなければ、いいシーズンとはならない──。それがアロンソの12年であり、インテルラゴスでマシンを降りた直後のパルク・フェルメで見せた、あの彫刻のような表情にうかがえた。ヘルメットを脱ぐこともHANSを外すこともせず、ベッテルと彼を讃えるシューマッハのふたりの様子をじっと眺めていたフェルナンド・アロンソ。敗者の美学を僕は教わった。

 さてこの決戦の月にウイナーが3人とも変わった。インドGPからで言えばベッテル、ライコネン、ハミルトン、そして締めは初戦ウイナーのバトン。開幕7戦7人勝者で始まったシーズンは“閉幕4戦4人勝者"で締めくくられた。結局連勝できたのはベッテル一人きり、シンガポールGPからインドGPの4連勝だけだった。

 8人目の勝者はキミ。アブダビGPを短く回想すると、ここでロータスは新改良エキゾースト・レイアウトを投入、彼が金曜フリー走行でそれをチェックし、従来タイプとの比較に没頭した。そして「ウーン、感触は悪いけどニューのほうがタイムは出るね」とコメント。彼のテクニカル・フィードバックは100%信頼できる。

 土曜日の予選に臨むにあたって「セッティングはそのまま、何もいじるな」とキミ、それで得たグリッドポジションが4位。「明日はスタートで勝負する、ここは(偶数列でも)滑らないから」と、有言実行のロケット発射スタートを決めると、たちまち1コーナーで2番手。おそらくチームのエンジニアたちも相当シビアな発進システム手順に攻め、あとはキミに任せたのだろう。今年の「ベストスタート・アワード」にノミネートしたいくらいだ。

 現地アブダビの日没は午後5時40分ごろ。決勝は5時スタートなのでまだ明るく、しだいに薄暮になっていき、西日がまぶしい時間帯を過ぎてから夕闇の中のゴールとなる。トワイライト・レースとよく表現されるが、クルマを運転する人なら、こういう時間帯は目がなじまずドライビングの調子が狂うことはご存じだろう。交通事故発生件数も多く、だからよく「ヘッドライトは早めに点灯を」なんて看板が道路脇に立っている。

 F1にヘッドライトはないが、アブダビのヤス・マリーナ・サーキットの人工照明はシンガポールGPよりは少し明るい。だが、実際に夕暮れ時間のコースサイドに定点観測で立ってみると、コース上は照らし出されていても縁石の溝部分や細かなバンプまではよく見えない。これがレース・ドライビングをとても難しくする。コーナリングライン・ワークに影響し、スピンはしなくても挙動を乱したり、タイムロスしたり、近くでチェックしていると「ア、いまミスったな」と分かる。

 そんな状況下でF1復帰後初優勝を飾ったライコネン、さすがにWRCをやっていただけのことはある。僕は学生時代にラリーをやっていてから分かるが、ラリー・ドライビングは自然との戦いだ。昼、夕、晩、朝、舗装路、砂利道、泥道、雨、風、暑さ、寒さ、雪、アイスバーン……。アブダビではウェットはないにせよ、刻々明るさが変化するなか、風によってはあたりから砂が舞い込み、路面グリップが1周前と違ってくる。このようなある種“ラリー的"なコンディションでこそ、ライコネンの本領発揮どき。TV解説でも少し触れたように、彼の操るロータスはいつも以上にスムーズで、あの走りはまさにナチュラルなものだと思った(キミ・マニアではないがべた褒めした)。世の女性ファンの皆さん、このレースは“永久保存版"です──。

≪追記≫
アブダビGP後、月曜1日おいた火曜から「ヤング・ドライバー・テスト」があるため、参加チームはそのまま現地居残り。僕は月曜深夜25時過ぎのフライトで帰るため、ホテルをレイト・チェックアウトしたが、翌日の準備に追われていたのだろう、ようやくその時間になってメカニックたちがサーキットから戻って来た。決戦が続くさなか、彼らの戦いもシーズン終了まで続く。

Top
Index