Race Eye
「移・食・住」に苦労した韓国GP。日本GPでは「いいじゃんグロジャン!」を堪能!
2013.10.20

 トンボが飛びかい、道端にはコスモスが咲いているのに、10月らしからぬ陽射しの下で汗びっしょり、鈴鹿の週末は真夏日で始まった。今年初めて韓国GPが先で、後ろに日本GPの日程、移・食・住に気を配りながらの2連戦だった。

 4年目の韓国GP、10月3日にソウルからヒュンダイ・アバンテで南下移動、350qに6時間かかった。今まで経験したことがない自然渋滞が続き、あとでこの日が“建国記念日”の祝日だと知った。金曜を休めば4連休、それでホリデー・ドライバーがどっと出てきたわけだ。

 今年は「ハーツ」で英語音声GPSがやっと調達できたので、移動そのものはスムーズ。110Km/hリミットの高速には速度違反取締カメラが多数あっても、そのたびに音声で教えてくれる。空いているとこの国の人は150Km/hくらいでガンガン飛ばして来て、右車線から抜いていく(右側通行)。方向指示器を全く使わない“マイウェイ走法?”なのだ。

 遅れてモッポに到着、チェックインを先にとF1公認宿舎へ。また初めてのモーテルだ。
もう細かく書く気になれないけれど、なぜ二人部屋にバスタオルが一枚なのか。宿泊目的が違うモーテルが、F1の“公認宿舎”を名乗り、ふだんの3倍近い料金を取っているのにコレはないでしょう。いくら頼んでもバスタオルは毎日1枚、言葉が全然通じないからいちいち無人のフロントに行き大声で「ハーイ」と叫び、「このバスタオルを二つくれ」と指で示す。その間従業員は、一言もなく無言…。薄気味悪い“おもてなし”ぶりは4年目も何も変わっていない。

 移も住も一苦労、さらに食もまた大変。やっと見つけた“洋食屋風・食堂”に夜9時ごろ入ると主人が大声でなんか言っている。やっと×の合図で「閉店した」と理解したが、ヨーロッパの知り合い連中は、まだテーブルでパスタを食べている。意味不明の入店拒否だ。

 その後、歓楽街をウロウロし“クッパ専門店?”に飛び込んだ。すべて身振り手振りで、言ってることはさっぱり分からないが、覚悟して出されたモノを見ると、モヤシと卵と唐辛子だけのスープ。これに冷えた飯を入れて食べろという。あまりの空腹感にむさぼる自分が情けなく、途中で金属の箸を置いた。

 どうも自分はこの町の食が外ればかりなので、土曜夜は知り合いのフランス人に誘われ“イタリアン・ビュッフェ店”へ。入ると店内はプレスルーム状態。イタリア人連中はパスタやピザを一切無視しているようだったが、僕にはけっこう旨くて、おかわり。そんな自分がまた情けなくなってしまった。

 さて韓国GPは、シンガポールGPに続きベッテルがパーフェクトウイン(PP・全周回トップ・最速ラップ)で、2レース連続で強さを証明した。また表彰台はルノー・エンジンが独占。ベッテルに続いてロータス勢のライコネンとグロジャンが、5戦ぶりに2位、3位入賞と揃って表彰台に上った。

 この結果の裏にはロータスがライコネンに今年“7基目”のフレッシュ・エンジンを投入したことが挙げられる。彼らはここを重点レースととらえていた。シーズンが深まり、年間8基規定でのエンジン・ローテーションをチェックすると興味深い。

 ご存知のように金曜FP1と2には使用済みエンジンを搭載、通常土曜FP3からは予選&決勝用に別のエンジンに交換する。3メーカーの2.4Lエンジンは、フレッシュと数戦使用済みでは“かなりの”パワー差がある(コスワースはかなりどころではないが)。推定最大20馬力ダウンするとも言われ、ストレート区間が長い韓国GPではそれが如実に結果に表れた。

 ライコネン以外でフレッシュを投入したのはザウバー勢で、ヒュルケンベルグが見事4位入賞を果たしている。フェラーリ勢もここでフレッシュを入れ“決戦意識”で臨んだがアロンソ6位、マッサ9位と奮わなかった。
「とっておきのフレッシュを入れたのにダメだった…」
落胆したアロンソが言った、このコメントをもう一度見直せば、彼の真意がより理解できると思う。

 韓国GP終了後は、一刻も早く日本へ。
関係者間で“移動レース”が展開され、モッポから九州へ海を渡るのが最速ルートではないか、というアイデアも検討された。モナコで見かける高速クルーザーやパワーボートならば確かに“時短移動”可能、それは昨年小林君とも冗談で言いあった。

 この“移動レース”は、実はドライバーや偉いサンたちも。韓国GPでの彼らは、コースから見えるHダイ・ホテルに“軟禁状態”になる(僕は宿泊したことはないが)。聞くところによれば、食事はビュッフェスタイルだが、毎日同じメニューで、それが彼らのストレスになっているという。そこで彼らはチームのシェフが作るディナーをサーキットで食べ、ホテルには帰って寝るだけという過ごし方をする。それをGPウイークは毎日繰り返す。無味乾燥な日々を過ごす“旅役者”達が一刻も早くトーキョーに行きたがる気持ち、お分かりだろう。因みに“移動レース”の結果は、ハミルトン、ベッテル、アロンソ、ウェバーらドライバーが先行、6日の晩にはもう都内に着いていた(僕は“周回遅れ”で翌月曜夜に帰国)。

 話題を日本GPでのエンジン・ローテーションに戻す。
鈴鹿でフレッシュをぶち込んだのがレッドブル勢とグロジャン、ハミルトン、それと激しい最下位争い展開中のケータハムとマルシア。それぞれに「負けられない」思惑があった。いつ、どこでフレッシュを使うか、それは重要な“シーズン長期戦略”の一つで、レッドブルは日本GPでの1−2を狙っていた。

 またハミルトンも最後の8基目のメルセデス・エンジンを対フェラーリを意識して投入。一方のフェラーリは韓国でフレッシュを入れていたから、そうしなかった。これがすべてではないけれどもアロンソは予選8位、決勝4位で終わった…。

 鈴鹿で再びルノーエンジンが1−2−3を達成。5位ライコネンがアロンソの前で4位に続いたら、96年フランスGPのウイリアムズとベネトンの4人、ヒル〜ビルヌーブ〜アレジ〜ベルガ―以来のルノー勢上位独占となっていた。

 なお今年の鈴鹿ではルノー関係者の姿を多く見かけ、14年からの新パワーユニット開発にかかわる人まで来ていた。表彰台にはルノー・スポールのエンジニア、レミ・タファンがレッドブルのユニフォームに着替えて立つ姿も見られ、HONDAの国を彼らが相当意識しているなと思えた(ご存知のようにルノー=日産であり、今はレッドブルが傘下のインフィニティ・ブランドをPR)。

 ルノーエンジンの1−2−3に貢献したのは、なんといっても3位入賞のグロジャン。昨年の前夜祭で彼を「おじゃんグロジャン」と言い、結果として彼はいきなり多重事故の引き金を引いてしまった(予想は当たったのかもしれない)。あれから1年、彼がずっと悩み続けていたことを聞いていた。だが今の彼はライコネンにひけをとらず、僕自身評価しているから今年の土曜の前夜祭で謝罪し、1万人近い観客皆さんの前で「いいじゃんグロジャン」と訂正させてもらった。

 素晴らしい判断力を見せた会心のスタート、しかしその後の力走もレッドブル勢の挟み撃ち攻撃に遭い3位。最速レッドブル・ベッテルを慌てさせた彼のレース展開はそれでもとてもクールだった。CS生中継を終え、スタンド裏で大勢のF1LOVERSに囲まれて言われた。「今年はいいじゃんグロジャンでしたよね!」

 鈴鹿ではベッテル戴冠とならなかったが、ポイントランキング2位のアロンソは、戦闘力が劣るフェラーリで4位、90点差で“徳俵”に踏ん張った。ダイナミック・ダウンフォースがロータス、メルセデスより弱いマシンを縁石ギリギリのライン、アクセルターン走法などありとあらゆるテクニックで攻めていた。自分のためというよりもコンストラクター2位を勝ちとるためだ。フェラーリ297点、メルセデス287点、ロータス264点、残りのレースは諦め感がちらつくドイツ・チームよりむしろロータスの追い上げを警戒すべきだろう。彼らが急速に戦闘力を増した秘密はルノー・エンジンのマッピングチューンにあり、鈴鹿ではレッドブル・ルノーのような“ダウンシフト・オフ・ブロー音”に似てきた。ライコネンとロータス・ルノーがそれぞれ2位をターゲットに挑む終盤4戦、「キーパーソン」としてグロジャンの名を上げておこう──。

PS 鈴鹿ではご主人がトゥルーリ・ファンのラーメン屋さんを発見、深夜のれんをくぐるとそこに等身大のヤルノのフォトパネルが飾ってあってびっくり。定宿Gパーク・ホテルではしゃぶしゃぶもいただいた。帰りの14日は祭日なのに新東名は順調で、途中に大井松田で蕎麦屋にピットイン、それでも5時間半の移動で済んだ。先週に比べすべてがうまくいった移・食・住、エブリバディー・ハッピーで25回記念鈴鹿・日本GPは終わった。

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