Race Eye
メルセデスの『チーム采配至上主義』が見えたモナコGP
2015.06.11

5月24日、第6戦モナコGP(モンテカルロ)
コース内のことよりコース外(ピットレーン&無線)の“顛末”のほうが騒がれたモナコGP。TVを見ていた方も分かりにくいレース展開だったと思うが、スタンドにいたお客さまたちはそれ以上に理解不能になっていた。

「どうして独走ハミルトンがわざわざピットに入るの?」
「なんでその隙にロズベルグ首位逆転となったの?」
「同じチーム同士でいったいなにが?」
スタンドにいる皆さんには無線ラジオが聴こえない。蚊帳の外(失礼)にいるも同然だ・・・。

今のF1スポーツの複雑性。観客にも視聴者にも分かりにくく、それどころか競技中のチームやドライバー(ハミルトン本人)でさえも混乱してしまう。それが明らかになった今年のモナコGPと総括できる。

記録上はロズベルグが3連覇。事前から注目点に挙げていたようにA・セナ以来の“快挙”であり、彼は彼なりにいいレースをしたと言おう(終盤再スタート後のダッシュに気迫を感じた)。けれどもモナコGP3連覇の偉業に値するだけのインパクトがあったのかどうか。皆さんはどう感じただろう?

表彰セレモニーでは敗れた3位ハミルトンへの歓声がハーバーからわき上がり、勝ってはしゃぐロズベルグを讃える様子はほとんどなかった。放送席から見てもファンの反応は正直、生であのプレーを見続けた彼らは敗者を“ウイナー”と受けとめて拍手を続けた。こういう光景を目にしたのは初めてと言ってもいい。(決してハミルトン贔屓で指摘するわけではない)

余談だが今年から世界一の高価なチケット価格がやや見直されたと聞いた。モナコGPはこれまで木曜・土曜・日曜が日々“別売り”値段で、ダフ屋が転売するのを防ぐために個人情報管理が厳しくパスポートとの照合まであった(という)。週末通し観戦価格はおよそ10万円以上、それでいてトイレは“仮設”、歩いて見て回るたびにモナコGPのお客様はカミサマだと実感する。

さてハミルトン“ピットストップ事件”の事後解釈、あれは本人にも少なからぬ責任がある。(無線会話すべてがOAされず“時差”もあり、そのまま鵜呑みにしてはいけない今のシステムだ)。
彼は事前に「このタイヤが冷えている!」と無線で危機感を伝え、「そのままステイアウトしろ」というピット側の意見にネガティブな第一反応をした。これが発端だ。それを受けピット側は慌ててピットストップの“リードタイム”をチェック、ここで大丈夫だろうという誤算ミスが生じたのはレース後に報道されたとおり。それではあの顛末の疑問点を挙げよう。

1.まず皆がこの週末は“冷え症Pタイヤ”に苦しみ、彼だけではなかったこと。
2.自分のタイムペースが“SC導入”によってスローになっているのになぜ気付かなかったか。
3.首位独走中に他がどうするかをピット側に聞く余裕はあったはずだ。
4.問われたピット側は2位ロズベルグ&3位ベッテルは接近戦で、どちらもステイアウトと判断できるのになぜ伝えなかったのか。

自分だけが動く必要性は毛頭なかったハミルトン。それなのにチームに最終判断を依存し、決定に従った。『チーム采配至上主義』をつらぬかねばならなかったのだろう。時代は全く違うにせよセナやプロスト、マンセルも自主判断によってピットイン指示を「ノー」と拒み、あのまま首位をキープし再スタートで後続を断ち切るスパートをやってみせただろう。ハミルトンならそうできたはずなのに・・・。

ゴール後ロズベルグがウイニングランする間、海沿いポルティエ・コーナーで停止した“44メルセデス”。88年にここでクラッシュ、モナコ2勝目を逃した憧れの人と同じ想いに彼は浸りたかったのだろう。モナコ惜敗ドライバーはそれだけまた強くなる伝説を想い出せる──。

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