Race Eye
クローズアップ:オーストラリアGP〜厳粛な瞬間〜
2016.03.26

新PUになってから3年目、16年開幕戦オーストラリアGPは、「F1の神髄」を分かりやすく具現化する意味で、貴重なレースではなかったか。自分はそう思う。

スタート逆転いきなりの“ドラマ”、フェラーリがやった。映画にせよ小説にせよ、ファーストカット、1ページ、1行目のインパクトが人を物語へと引きずり込む。さあどうなるか、思わず前のめりになる展開からシーズンは始まった。

いまさらメルセデスがフェラーリのスタート性能強化に驚愕したとは、驚きだ。冬の間から彼らは密かに研究し、メルボルンでも金曜からピット出口で確認を続けた。挑戦する側は“秘密兵器”をあたためておき、それを宣戦布告の切り札とする。ベッテルとライコネンのダッシュを見て「本当に彼らは賭けている」、「勝負に出た」と痛感。映し出されたピット内のアリバベーネ代表の感情爆発リアクション、こういう場面がスポーツのカタルシス――。

慌てまくるメルセデス、OAされない無線が激しく飛び交った(はずだ)。表現はよくないが奇襲攻撃に遭ったようなものだから。非日常的なプロスポーツのなかでこういう奇襲攻撃や防衛作戦は瞬時に起こりうる(いや起きたのだ)。春の“3連休”日曜昼下がり、ご覧になっていたF1LOVERS皆さんは心拍数が上がったのでは。

厳粛な瞬間だった。17周目、グティエレスとからみ、3コーナー避難路の奥深くまで宙を飛び反転クラッシュしたアロンソが、残骸物と化したマシンから這い出てきた。少しよろめいたが立ち上がり、駆け寄るグティエレスとハグ。マクラーレン・ホンダの“安全力”、このスポーツのリアリティを我々は目撃した。

一時8位にいた彼がポイントを逃したことよりも、無事であったことのほうが大きい。他誌にも書いたが新マクラーレン・ホンダ「20戦目のベストレース」。クラッシュと周回遅れ14位の結果に終わっても、すべてのスタッフがダブル入賞の“勝機”に向けひとつになったからだ。

勝負は時の運と言われるがそこで運を味方につけるのが<実力>。スタート1−2フェラーリを逆転、1−2ゴールを決めたメルセデス、勝因はテストからこだわってきた固めミディアム・スペックを使いきったこと。1位ロズベルグには終盤ブレーキやタイヤ変調が忍び寄り、無線行進制限ルールなのでピット側はアドバイスできず見守るしかなかった(レース後関係者は『リタイアも覚悟』したと)。

こういう危機を自力で乗り切る能力がロズベルグにはある。
表彰台で彼はスタッフ達に、“ステアリング型トロフィー”を「オレは自分の力でやったぞ」と掲げてみせた。自信満満のニコ、大敵ハミルトンがスタートでホイールスピンしたのは彼のミス、すかさず1コーナーで競り抜いたプレーに気迫がはっきり見えた。

レース直後、ハースの小松エンジニアに初戦6位入賞“祝電”メール、「感動するレースでした」と。忙しいさなかに彼から「感動と言ってもらえて、とてもうれしいです」と返信があった。第2戦バーレーンGPの準備に追われ、いつまでも喜んでばかりはいられない・・・、そんな彼らの心境も伝わった。

ゼロからチーム組織を構築したインディペンデント・チームが初戦入賞したのは、93年のザウバー以来と言える。このところ大メーカーのエゴ、F1権力者の論争、ルールの混乱など、政治的な“ネガティブ話題”が多いこのスポーツに新人は新しい風を吹き込んだ。二度とないデビュー戦にトップ6は勝ったのも同然、実力以上の成績と識者に言われようが彼らは堂々と『神髄』を具現化した。

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